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福岡高等裁判所 昭和24年(ネ)433号 判決 1950年11月20日

控訴人 原告 大石秀子

被控訴人 被告 馬田俊太

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金二十七万二千十五円及びこれに対する昭和二十三年十一月十三日から完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出援用、認否は、控訴代理人において、原判決書二枚目裏五行目の(二)のうち、その他の雑費金三千五百円を金三千円に同七行目の給料金一万八千円を金一万九千十五円に訂正し、当審においては原審において棄却された右二口及びその余の慰藉料金二十五万円、合計金二十七万二千十五円を請求すると述べ原審における検証(第二回)並びに当審における控訴人法定代理人大石正次の尋問の各結果を援用し、乙第二、三号証の成立を認め、被控訴代理人において乙第二、三号証を提出し、当審証人秦藤太、馬田周一の各証言を援用した外はいずれも原判決書当該摘示と同一であるからここにこれを引用する。

理由

控訴人が大石正次の長女で昭和二十年九月十九日に生れた者であること及び控訴人が昭和二十三年五月一日午後六時半頃肩書自宅前の道路上でその左眼に負傷したことは当事者間に争がない。

しかして控訴人は右負傷は被控訴人飼育の雄鷄から加えられたものであると主張するので、この点について、審案すると、原審証人中島為清、権藤政之、中島チカメ、馬場ミツヱの各証言、原審証人馬田アヤ子の証言の一部、控訴人法定代理人大石正次、同大石ミキワの各原審における尋問の結果及び右大石正次の供述によつて成立を認め得る甲第一号証の二の記載並びに原審における検証(第一、二回)の結果を綜合すれば控訴人の右負傷は前記日時頃被控訴人方の鷄舍を飛び出した被控訴人飼育の一羽の雄鷄が前記場所に遊んでいた控訴人を急襲し羽撃等による強打を加えて同人の左眼に結膜下溢血虹彩離断の傷害を生ぜしめたものであることが認められる。

右認定を覆すに足る証拠はない。

よつて右鷄の占有者たる被控訴人が右受傷のため、控訴人の被つた損害を賠償すべき責があるか否かの点について審究すると、民法第七百十八条によれば「動物の占有者はその動物の種類及び性質に従い、相当の注意をもつてその保管をすることを要し、若しこれを怠つた場合には、その動物が他人に加えた損害を賠償する責に任じなければならない。」のであつて本件鷄のような鳥類も亦右動物中に包含されることは勿論であり、被控訴人主張のようにこれを除外すべき理由は認め難い。

ところで本件において被控訴人の飼育している雄鷄が気性の強い性質を有することは被控訴人の自認するところであつて前記証人中島彌作、中島チカノ、中島為清及び原審証人馬田シツカ(第一、二回)の各証言を綜合すれば本件鷄はかねてより他人に挑み掛る狂暴の性癖を有し、被控訴人の家人においてもこれを熟知していたことが認められる。

右認定に反する原審証人馬田エキ、馬田アヤ子、馬田嘉諭並びに原審における被控訴人本人の各供述部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。従つてかかる狂暴の性癖を有する鷄は偶々附近に居合せた人間に万一危害を加えるようなことがないとは保証し難いから、その占有者たる被控訴人は鷄舍の設備を完全にしておくのは勿論鷄舍の出入口、開戸の開閉等の際には細心の注意をもつて、該鷄の飛出すのを防ぎ、万一飛出したような場合には直ちにその跡を追いその行先を突き止めて他人に危害を加えることなきよう警戒し速に鷄舍に収容する等その保管について万全の措置を講じ、又は家人をしてこれを講じさせるべき注意義務があるものといふべきところ、本件についてこれを観るに、原審における検証(第一回)の結果によれば、被控訴人の鷄舍は一面は倉庫壁を利用し、他の三面は板囲及び金網で張り巡らし、鷄が飛出したり首を出したりしないように完全に設備してあることが認められるからこの点については、被控訴人として相当な保管方法を講じているものというべきも、前記証人馬田アヤ子の証言によれば、本件鷄が鷄舍を飛び出したのは、被控訴人の娘アヤ子(当時十七歳)が水を与えようとして前記の注意を怠り慢然鷄舍の開戸を開けたため、その途端に舍外に逸出したのであつて、同人はこれを捕えようと直に該鷄の跡を追つたが遂に見失つたので、その侭放置したことが認められ、これがために遂に右鷄が前示のように控訴人に本件傷害を加えるに至つたのであるから、飼育者たる被控訴人の事実上の補助者たるアヤ子の右のような不注意は結局、被控訴人において、本件鷄の保管についての注意義務に欠くるところがあつたものといわざるを得ない。

右認定を左右するに足る証拠はない。

従つて被控訴人は本件鶏の加害行為によつて控訴人が被つた精神的並びに物質的損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

よつてその損害の数額について検討する。

控訴人が右負傷のために被つた損害賠償の請求中(い)慰藉料五万円(ろ)治療費五千九十一円(は)医療費薬代千五百円(に)通院のための車馬賃千七百円(ほ)食養生費一万円以上合計六万八千三百九十一円について被控訴人にその賠償責任のあることは原審において認容されたところであり、且つこれに対しては被控訴人から控訴若しくは附帯控訴の提起のないことは記録上明らかである。

然るに控訴人は右の外更に(一)通院等の際購入した菓子、果物代等金三千円(二)父正次が附添のため三ヵ月間工場を欠勤して失つた給料等金一万九千十五円(三)慰藉料金二十五万円の請求をするので、右の点について順次にこれを考究する。

(一)については控訴人法定代理人大石正次の原審における尋問の結果によれば、同人が右主張のような金額を支出した旨供述しているけれども該供述によつては、右菓子、果物等の購入が控訴人の療養に必要欠くべからざるものであつたことは認め難く、その他これを認めるに足る証拠はない。(前示(ほ)食養生費参照)

(二)については、その主張自体によるも又、その計算関係の帰属の点から考えても、本件負傷に基く控訴人自身の損害でないことが明らかである。

従つてたとえ父正次において、右主張のような損害を被つたとしても、控訴人自身から被控訴人を相手取り本件負傷によつて控訴人自身の被つた損害の賠償を求める本訴において右の請求を認容し難いことは明白である。

(三)慰藉料について審案する。

原審証人南熊太の証言及び同証言によつて成立を認め得る甲第一号証の一及び第五号証を綜合すれば、控訴人の被つた傷の症状は初期において左上下眼瞼浮腫し、眼球内には高度の溢血があつて虹彩離断の状態にありその後血塊吸収したるも硝子体に結締織増殖し次第に眼球萎縮し、現在においては、角膜白斑を呈し失明状態にあり、今後においても眼球萎縮は進行する傾向にあり視力回復の見込はなく成長に從い容貌上相当の変化を来し、現在よりも悪化する虞れのあることが認められる。

当審証人馬田周一の証言は右認定の妨とならず、その他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右の事実に前示のように控訴人が昭和二十年九月十九日生の女児であること、前記大石正次の尋問の結果により認められる同人は居村所在の若林製糸株式会社の貨物自動車の運転手として毎月六千円位の収入で妻と控訴人及びその妹の家族四名の生計を維持しており、別に資産を有しないこと、成立に争なき甲第六号証乙第二、三号証及び原審証人馬田嘉諭、当審証人秦藤太の各証言を総合して認められる、被控訴人が居村における中流の農家で村会議員の公職にあり、その資産として亡祖父、亡父、自己名義の不動産を合せて木造瓦葺二階建住家一棟(建坪三十六坪二合)宅地百三十三坪余、田六反三畝二十六歩、畑三畝八歩、山林二十三歩の外農耕用牛一頭を所有する事実、並びに叙上認定の事実関係によつて明らかなように、本件傷害の結果は相当重大であり、控訴人に取つては真に気の毒な長恨尽きぬ悲痛事であるに違いないが、それがかねて鷄舍に飼育中の一鷄が偶々飼育者の家人の前示のような程度の不注意から飛出し、それを見失つたことによつて惹起された思いがけない不幸な出来事であること等、諸般の事情を参酌して考量するときは、控訴人の前記傷害により被つた精神的、肉体的苦痛に対する慰藉料としては、当裁判所も亦原裁判所と同様に金五万円をもつて相当であると判定する。

従つて控訴人が右の外に当審において更に金二十五万円の慰藉料を請求するのは、失当であるといわざるを得ない。

されば前記(一)乃至(三)の請求はいずれもこれを認容し難いのでこれと同旨に出て右請求を排斥した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条第八十九条を適用して主文のように判決する。

(裁判長裁判官 桑原国朝 裁判官 筒井義彦 裁判官 森田直記)

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